前回は、冬の皮膚トラブルが将来の食物アレルギーにつながる可能性についてお話ししました。この経皮感作のリスクを避けるため、「実際にどうすればよいのか」、今回は具体的な保湿ケアの方法を、月齢別のポイントとともに解説します。
保湿剤の選び方:3つの役割と剤形(基材)の違い
保湿剤には、肌の乾燥を防ぐための3つの重要な役割と、塗る際の使い心地を決める「剤形(基材)」の違いがあります。
1. 保湿剤の3つの役割
水分を吸い寄せる成分(ヒューメクタント)
空気中や肌の深部から水分を吸着し、角層に抱え込ませることで、肌にうるおいを与えます。主な成分:ヘパリン類似物質、ヒアルロン酸、グリセリンなど。
水分を保持・補充する成分(エモリエント)
吸い寄せられた水分を角層内で維持・補充し、肌を柔らかく整えます。主な成分:セラミド、尿素など。
油膜でフタをする成分(オクルーシブ)
皮膚表面に油の膜(フタ)を作り、内部の水分蒸発を防ぎ、外部の刺激から肌を守ります。主な成分:ワセリン(白色ワセリン)、ミネラルオイルなど。
【図1:保湿剤の3つの役割】
2. 剤形(基材)の違いと注意点
保湿剤は、含まれる成分だけでなく、「基材」によってローション、クリーム、軟膏といった様々な剤形(塗り心地や刺激性)に分かれます。
軟膏(なんこう)
油分が多く、最も保湿力が高く、肌への刺激が少ない。ベタつきやすい。刺激性最低。乾燥がひどいとき、皮膚の炎症が強いときに適する。
クリーム
軟膏とローションの中間。保湿力と塗りやすさのバランスが良い。軟膏より刺激がある場合がある。
ローション
水分が多く、伸びが良く、サラッとしている。広範囲に塗りやすい。刺激性最高。皮膚炎がある場合は刺激になる可能性が高い。
【重要な注意点:保湿剤=安全ではない】
乳児の皮膚に湿疹や皮膚炎がある場合、「保湿剤だから安全」という考え方は危険です。特に、ローションやクリームに含まれる水分の揮発成分や、製品を安定させるための添加物が、傷ついた皮膚(バリア機能が壊れた状態)に浸透し、強い刺激や炎症を引き起こすことがあります。
皮膚炎がある場合には、まず皮膚科を受診し、現在の肌の状態に合った刺激の少ない軟膏(例:白色ワセリンなど)や、適切な治療薬を処方してもらうことが重要です。
月齢別・部位別 保湿戦略
時期に合わせたケアを実践しましょう。乳児期前半(2〜6ヶ月)は、皮脂分泌が低下し乾燥が目立ち、離乳食開始前後で経皮感作リスクが最も高い時期です。顔のケアを重点的に行い、口周り・頬・顎は特に念入りに保湿します。よだれが付いたら「すぐに洗う→保湿」のサイクルを徹底します。
【表1:月齢別の保湿戦略】
新生児期
- 特徴:胎脂が減り、乾燥が始まる時期。
- 部位:全身の保湿。
- 回数:1日2回以上。
乳児期前半(2〜6ヶ月)
- 特徴:皮脂分泌が低下し乾燥が目立つ。経皮感作リスクが最も高い時期。
- 部位:顔面(特に口周り・頬・顎)を重点的に。
- 回数:顔は最低1日4回。
乳児期後半
- 特徴:動きが活発になり、擦れや汚れが増える。
- 部位:全身および擦れる部位。
- 回数:1日2回以上。
幼児期
- 特徴:皮膚のバリア機能が依然として未熟。
- 部位:全身。
- 回数:推奨される回数を継続。
部位別の保湿のコツ
保湿は「量」「回数」「タイミング」が大切です。
- 顔面(最重要部位):食事の前後のケアが特に重要です。起床後、食事前、食事後、就寝前の最低4回保湿します。
- 体幹部:入浴後3分以内に全身保湿を開始。
- 塗る量:FTU(Finger Tip Unit)を目安に、適切な量(乳児の全身で合計約10FTU)を塗ることが大切です。
【図2:保湿剤の塗り方とFTUの目安】
入浴時の注意点(洗浄と保湿の準備)
入浴は保湿ケアの絶好の機会ですが、洗いすぎは乾燥を招きます。
洗い方
洗浄剤の使用は、汚れが溜まりやすい部位に限定します。
- 洗浄剤を毎日使用する部位:脇の下、股(おむつが触れる部分)、手足。
- 冬季の体幹部:乾燥しやすい冬場は、体幹部(胸、背中、お腹など)を毎日洗浄剤で洗うと乾燥しすぎることがあります。汚れが目立さない日は、洗浄剤を使わずにお湯で優しく洗い流すだけでも良いでしょう。
- 全身:泡で優しく洗い、ゴシゴシ洗わない。
入浴後のケア:お湯の温度は38〜40度。3分以内に保湿を開始することが最も重要なポイントです。
環境整備:乾燥対策の科学
スキンケアだけでなく、生活環境を整えることも重要です。
室内湿度の管理:絶対湿度と暖房器具
私たちが普段見る「相対湿度(%)」は、室温が上がるとすぐに下がってしまうため、実際の空気の乾燥具合が分かりにくいことがあります。そこで大切なのが「絶対湿度」です。
絶対湿度とは:空気1kgの中に実際に含まれている水蒸気の重さ(g)のことです。これは、温度が変わっても値が変わらないため、「本当に空気が乾燥しているか」を正確に示してくれます。
目標:室内では絶対湿度7g/kg 以上、相対湿度で50〜60%を目標にしましょう。絶対湿度はネットなどで簡単に購入できる専用の湿度計で確認できます。
エアコン
水蒸気を発生させないため、相対湿度が最も下がり、乾燥が進みやすい。対策:加湿器の併用が必須。
ガスファンヒーター
燃焼時に大量の水蒸気を発生させるため、室内湿度が上がりやすい。対策:湿度過多にならないよう注意。換気が必須。
灯油ファンヒーター
燃焼によって水蒸気を発生させるが、ガスファンヒーターよりは少ない。対策:換気が必須。
【燃焼系暖房使用時の換気の重要性】
ガスや灯油ファンヒーターなどの燃焼系暖房は、加湿効果がある一方で、一酸化炭素(CO)などの有害物質を発生させます。赤ちゃんがいる部屋では、安全のためにも、定期的に窓を開けるなど、必ず換気を行いましょう。
受診の目安
2週間の徹底保湿で改善しない場合や、湿疹・皮膚炎があるのに市販の保湿剤で対応しようとするのは危険です。悪化させる前に、早めに皮膚科を受診してください。早期の適切な治療が、将来の食物アレルギーのリスクを下げます。
【表2:受診の目安チェックリスト】
- □ 強い赤みやジュクジュクがある
- □ 夜も眠れないほどかゆがる
- □ 保湿しても改善しない
- ※これらに該当する場合は、すぐに受診が必要な症状、または1〜2週間以内に検討すべき症状です。
まとめ:子どもの未来への投資
今回の重要ポイントは以下の通りです。
- 1 保湿は「量」「回数」「タイミング」が大切。
- 2 顔面の保湿が、経皮感作予防の鍵。
- 3 食事に関連したケア(食前の保湿、食後の洗浄・保湿)を習慣化。
- 4 皮膚炎がある場合は自己判断せずに早めに受診。
今の保湿ケアは、子どもの未来への投資です。できる範囲で毎日継続することが大切です。
日本皮膚科学会皮膚科専門医 服部皮膚科アレルギー科 服部浩明