
「最近、分け目が目立つようになった」
「シャンプーの後の抜け毛が増えた気がする」「頭頂部の地肌が透けて見える」──こうした悩みを抱えている女性は少なくありません。 脱毛症は男性特有の問題と思われがちですが、実は女性にも起こる深刻な皮膚疾患です。見た目の変化は自信や生活の質(QOL)に大きな影響を与えるため、適切な理解と対処が必要です。 今回から数回にわたり、女性の脱毛症について、その基礎知識から診断、治療法、そして保険外治療の実態まで、皮膚科専門医の立場から詳しく解説していきます。女性型脱毛症という疾患概念
女性の脱毛症は、かつて「女性の男性型脱毛症」と呼ばれていました。しかし、男性の脱毛症が主に男性ホルモン(ジヒドロテストステロン:DHT)に強く依存しているのに対し、女性の脱毛症は必ずしも男性ホルモンだけが原因ではないことが明らかになってきました。 そのため、現在では日本、米国、欧州のガイドラインでも「女性型脱毛症(Female Pattern Hair Loss:FPHL)」という名称が用いられています。この名称の変化は、男性と女性の脱毛症が異なる病態を持つことを反映したものです。正常な加齢による脱毛との違い
年齢を重ねると、誰でもある程度は髪が薄くなります。これは自然な老化現象です。正常な加齢では全体的にゆるやかに髪が細くなります。 しかし、女性型脱毛症では特に頭頂部を中心に顕著な薄毛が進行します。その部分の毛包(髪の毛を作る組織)が小さく弱くなり、できてくる髪の毛が細くて抜けやすくなってしまうのです。この「抜け方のパターンの違い」をきちんと診断する必要があります。男性型脱毛症との違い
1. 脱毛パターンの違い
男性型脱毛症では、額の生え際が後退してM字型になったり、頭頂部がO字型に薄くなったりするパターンが典型的です。 一方、女性型脱毛症では前頭部の生え際は比較的保たれたまま、頭頂部を中心に広い範囲で全体的に髪が薄くなります。男性のように完全に毛がなくなることは少なく、髪が細く短くなる「軟毛化」が主体となります。 そのため、「髪のボリュームがなくなった」「分け目が目立つ」といった症状が起きます。2. ホルモンの関与の違い
男性型脱毛症は、テストステロンが5α-還元酵素によってDHTに変換され、このDHTが毛乳頭細胞の男性ホルモン受容体に結合することで毛母細胞の増殖が抑制され、成長期が短縮することが主な原因です。 女性型脱毛症でも男性ホルモンが関与する場合がありますが、完全に男性ホルモン非依存性の症例も存在します。実際、完全な男性ホルモン不応症の女性でも女性型脱毛症が報告されています。そのため、女性の脱毛症は男性よりも複雑な病態を持つと考えられています。3. 治療法の違い
この病態の違いは、治療法の違いにも直結します。 男性型脱毛症に有効なフィナステリドやデュタステリドといった5α-還元酵素阻害薬は、女性には効果が証明されていないばかりか、妊娠中の女性が服用すると男子胎児の生殖器に異常をきたす危険性があるため、女性には禁忌とされています。 一方、ミノキシジル外用は男女ともに有効ですが、日本では女性には1%製剤が推奨されており、男性の5%製剤とは濃度が異なります。女性特有の脱毛症の原因
1. ホルモンバランスの変化
女性のライフステージにおけるホルモン変動は、脱毛症の大きな要因となります。更年期には、エストロゲン(女性ホルモン)が減少し、相対的に男性ホルモンの影響が強まることで脱毛が進行しやすくなります。 実際、女性型脱毛症は更年期以降に多く発症します。また、出産後には一時的に大量の脱毛が起こることがあります。これは妊娠中に高まっていたエストロゲンが出産後に急激に低下し、それまで成長期に維持されていた毛髪が一斉に休止期に移行するためです。 多くは産後数ヶ月で自然に回復しますが、時に慢性化することもあります。多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)のように男性ホルモンが過剰になる疾患でも、脱毛が起こることがあります。2. 栄養不足
過度なダイエットや偏った食生活は、脱毛の原因となります。特に鉄欠乏は女性に多く、月経による慢性的な鉄損失に加え、無理な食事制限が重なると、鉄欠乏性貧血を引き起こします。 鉄は毛母細胞の分裂に必要なため、鉄欠乏は脱毛を招きます。亜鉛も毛髪の成長に重要なミネラルです。亜鉛が不足すると、毛髪の合成が阻害され、脱毛や毛髪の脆弱化が起こります。ビタミンD不足も近年注目されています。ビタミンDは毛包の成長に関与しており、不足すると脱毛のリスクが高まる可能性があります。3. 全身疾患
甲状腺疾患は女性に多く、脱毛の原因として見逃せません。甲状腺機能低下症では、代謝が低下することで毛髪の成長が遅くなり、髪が細く脆くなります。特徴的なのは、眉毛の外側3分の1が薄くなることです。 逆に甲状腺機能亢進症でも、代謝の亢進により毛周期が乱れ、脱毛が起こります。膠原病、特に全身性エリテマトーデスや慢性甲状腺炎(橋本病)でも脱毛がみられることがあります。慢性的な貧血も脱毛の原因となります。酸素や栄養の供給が不十分になり、毛母細胞の活動が低下するためです。4. ストレスと薬剤性脱毛
強いストレスは、自律神経やホルモンバランスを乱し、休止期脱毛を引き起こすことがあります。ストレスによる脱毛は、原因となるストレスから数ヶ月遅れて症状が現れることが特徴です。 薬剤による脱毛も重要です。抗がん剤が代表的ですが、それ以外にも抗凝固薬、抗てんかん薬、一部の降圧薬、脂質異常症治療薬など、様々な薬剤が脱毛を引き起こす可能性があります。鑑別が必要な他の脱毛症
1. 慢性休止期脱毛
全体的にゆっくりと髪が薄くなる状態で、女性型脱毛症との鑑別が難しいことがあります。急激なダイエット、重い病気の後、強いストレスなどが原因となります。原因を取り除けば多くは自然に回復します。2. 円形脱毛症(びまん性)
通常の円形脱毛症は円形の脱毛斑が特徴ですが、頭部全体の髪の毛が一斉に薄くなるタイプもあります。自己免疫疾患が原因で、女性型脱毛症とは治療法が全く異なります。3. 牽引性脱毛症
長期間にわたり髪を強く引っ張る髪型(ポニーテール、三つ編み、エクステンションなど)を続けることで起こる脱毛です。特に前頭部や側頭部の生え際に脱毛が目立ちます。 女性は髪の毛が長いことが多いので、同じところで髪を分け続けていてもその部分の髪の毛が薄くなりやすくなります。時々分け目を変えるのも大切です。正確な診断が最重要!
これらの脱毛症は、それぞれ原因も治療法も異なります。女性型脱毛症だと思って治療を始めても、実は甲状腺疾患や栄養不足が原因だった場合、適切な治療を受けなければ改善しません。 まず正確な診断を受けることが、適切な治療への第一歩となります。そして、正確な診断で最も重要なのは「女性型脱毛症以外の病気ではないかどうか」を見分けることです。 そのためにはすべての脱毛症をきたす疾患の診断治療を行っている皮膚科専門医、または植毛治療を行っている形成外科専門医の診断が必要です。「薄毛専門クリニック」かどうかよりも「皮膚科または形成外科専門医」が診療を行っているかどうかが重要ですので、ホームページなどできちんとチェックしてから受診するようにしましょう。日本皮膚科学会認定専門医 服部皮膚科アレルギー科 服部浩明