
前回の記事では、特にワキの汗やニオイにスポットを当てて、対策や治療法のお話をしました。
今回は「手のひらの汗」の悩みについて詳しくお話していきます。緊張する場面はもちろん、日常生活でも手に汗をかきやすくて、書類が濡れてしまったり、人との握手をためらったり、スマートフォンの操作がしにくくなったり……そんなご経験はありませんか?
このような状態は、「手掌多汗症(しゅしょうたかんしょう)」と呼ばれる病気の可能性があります。
多汗症とは?
多汗症とは、体温調節に必要な量を超えて、過剰に汗が分泌される状態のことを指します。必要以上に出る汗によって、生活に支障が出ている場合には、病気として治療の対象になります。
中でも、手のひら・足の裏・わきの下・顔面など、限られた部位に多くの汗が出る状態を「特発性局所多汗症」と呼びます。特に、手のひらに多く出るものが「手掌多汗症」です。発症年齢は比較的若く、平均13.8歳前後といわれています。
なぜ汗が多くなるの?
手のひらや足の裏の汗には、本来「滑り止め」としての役割があります。動物が敵から逃げるときや高いところに飛び移るとき、足の裏に汗をかいてグリップ力を高めている、という説があります。
人間では、「暗算」や「恐怖」「不安」「痛み」など、精神的なストレスや緊張により汗が誘発されることがあり、「精神性発汗」と呼ばれます。この精神性発汗が慢性的に、多量に続く場合に、手掌多汗症と診断されます。
原因はまだ完全にはわかっていませんが、多汗症の患者さんの汗腺の数や大きさは、一般の方と変わりません。そのため、「汗腺そのものの異常」ではなく、「汗腺を刺激する神経の働きが過剰になっている」と考えられています。
また、家族にも同じような症状がみられることがあり、遺伝的な背景も指摘されています。
日常生活への影響
手掌多汗症は、ただ「汗をかきやすい」というだけの問題ではありません。実は、生活の質(QOL)を大きく低下させる病気であることが分かってきました。
- 不安やうつなど、精神的な不調を伴うこともあります。
- 日常生活や社会生活、職場や学校での活動に支障が出ることもあります。
それにもかかわらず、「病気だと思っていなかった」「どこに相談すればいいのか分からなかった」という方が少なくありません。
しかし、手掌多汗症についても近年いくつかの治療選択が増えてきており、皮膚科で相談されるかたが増えてきました。
診断のポイント
手掌多汗症は、問診と診察によって診断されます。国際的な診断基準では、「局所的で明らかな原因のない発汗が6ヶ月以上続く」ことに加え、次の6項目のうち2つ以上が当てはまると診断されます:
- 最初の症状が25歳以下で現れた
- 左右対称に発汗がある
- 睡眠中は発汗が止まっている
- 週に1回以上の発汗エピソードがある
- 家族に同様の症状がある
- 発汗によって日常生活に支障がある
また、「HDSSスコア(Hyperhidrosis Disease Severity Scale)」という評価尺度を用いて、重症度を4段階で判定することもあります。スコアが「3(我慢が難しく、日常生活に頻繁に支障がある)」または「4(我慢できず、常に支障がある)」の場合は、重症の指標とされます。
治療方法について
1. 外用薬
アポハイドローション(オキシブチニン塩酸塩)
- 汗を出す指令をブロックし、汗腺の活動を抑える塗り薬です。
- 12歳以上が対象で、保険適用あり。
- 1日1回、夜寝る前に塗布し、翌朝洗い流します。
- 副作用として、皮膚のかゆみや赤み、口の渇きなどがあります。
塩化アルミニウム液(外用)
- 古くから使われている治療法で、汗腺の出口を物理的にふさぐことで汗を抑えます。
- 保険適用外ですが、比較的安価で院内製剤として処方されます。
- 夜間に塗布し、翌朝洗い流す方法が一般的です。
- かゆみや赤みなどの刺激症状が出る場合があり、敏感肌の方は注意が必要です。
2. イオントフォレーシス療法
- 水を入れた容器に手や足を浸し、微弱な電流を流す治療法です。
- 痛みはほとんどありません。
- 電流によって汗腺の出口に一時的な「栓」をつくり、発汗を抑えます。
- 保険適用があり、一部の医療機関で実施可能です。
- 家庭用機器もありますが、日本では個人輸入となります。
- 当院ではイオントフォレーシス治療は行っていません。
3. 内服薬(プロ・バンサイン)
- 抗コリン薬と呼ばれる薬で、全身の発汗を抑える効果があります。
- 日本で唯一、多汗症に対して保険適用がある内服薬です。
- 副作用として、口の渇き、便秘、尿が出にくくなる(尿閉)などがあるため、緑内障や前立腺肥大の方は注意が必要です。
4. ボツリヌストキシン注射(自由診療)
- 神経の伝達をブロックし、汗腺を休ませる注射です。
- 効果は約3〜6ヶ月持続します。
- 痛みを伴うため、局所麻酔を併用することもあります。
- 保険適用外のため自由診療となります。当院では行っていません。
おわりに
手掌多汗症は、日常生活に大きな影響を及ぼす病気です。しかし、適切な診断と治療によって、症状を大きく改善することができます。「これって普通なのかな?」と悩んでいる方も、ぜひお気軽に皮膚科専門医にご相談ください。
汗やニオイの悩みについてはホームページ本文でも解説しています。
(日本皮膚科学会皮膚科専門医 服部浩明)