前回は、ニキビ治療の核となる外用薬(アダパレン、過酸化ベンゾイル)と、抗菌薬の適切な使い方についてお伝えしました。
これらの標準治療を適切に行えば、多くのニキビは改善に向かいます。
しかし、標準的な保険診療(外用薬と短期間の内服抗菌薬)を十分に行っても、最重症のニキビや難治性のニキビはコントロールできない場合があります。
本講義では、そのような限られた症例において世界で使用されているものの、日本では保険適用外という特殊な位置づけにある薬、イソトレチノインについて解説します。
この薬の作用機序、世界と日本の位置づけの違い、そして何よりも極めて重大な副作用を正確に理解し、適切な判断ができる知識を提供します。
イソトレチノインの作用機序
イソトレチノインは、ビタミンA誘導体を含む内服薬です。
その作用は、他のニキビ治療薬とは一線を画します。
❶ 皮脂腺への直接的な作用
皮脂を分泌する皮脂腺そのものを縮小させ、皮脂の過剰な分泌を劇的に軽減させます。
これは、ニキビの主な要因である皮脂を根本から減らすことを意味します。
❷ 毛穴の詰まりの予防
毛穴の異常な角化(詰まり)を防ぐ作用もあります。
皮脂の減少と毛穴の正常化により、ニキビの二大原因「ニキビ菌を呼ぶ過剰な皮脂」と「皮脂をため込む毛穴の角栓」の両方に働きかけます。
❸ 抗炎症作用
炎症を直接抑える作用も持ち合わせており、既存のニキビの改善にも寄与します。
世界と日本の位置づけの差異
イソトレチノインは、その高い有効性から、欧米をはじめとする諸外国では重症ニキビに対する治療の選択肢として確立されています。
欧米での位置づけ
- 米国皮膚科学会(AAD)のガイドラインでは、重症の結節性ニキビ、標準治療に反応しない難治性ニキビ、瘢痕化のリスクが高いニキビに対して推奨されています。
- 英国(NICE)でも、適切な標準治療を十分に試した後の選択肢として位置づけられています。
- 欧州のガイドラインでも、結節性・膿瘍性の重症例や、他の治療で不十分な症例での使用が示されています。
日本での位置づけ
日本では、厚生労働省の承認を得ておらず、現状では保険適用外です。
日本皮膚科学会のニキビ治療ガイドラインは、国内で実際に利用可能な保険診療の治療を基本に記載されており、イソトレチノインは含まれていません。
そのため、国内で認められているニキビ治療(保険診療)をきちんと行い、それでも改善しない一部の最重症例についてのみ、医師の判断による自費診療でのみ使用されることがあります。
これは薬の有効性や安全性の問題だけでなく、日本での薬剤承認プロセスが完了していないという制度上の理由も関係しています。
そのため、イソトレチノインを使用して何らかの副作用があっても公的な副作用救済制度の対象外となります。
適応となるニキビ:重症例に限定される理由
イソトレチノインは、その強力な作用と重大な副作用から、軽症から中等症のニキビに安易に使用すべきではありません。
適応を検討する症例
- 結節や嚢腫が多発する重症例
- 標準的な外用療法と内服抗菌薬を適切に行っても改善しない難治例
- 瘢痕化(ニキビ跡の凹み)のリスクが高い例
- 心理的負担が著しく強い例
適応とならない症例
- 軽症から中等症のニキビ(標準治療で十分改善が期待できる)
- 標準治療を十分に試していない例
- 後述する禁忌に該当する例
最重要の副作用管理:催奇形性
イソトレチノインの使用において、医師が最も厳重に注意し、患者さんに徹底的に説明しなければならないのは、催奇形性です。
妊娠中の女性への絶対禁忌
妊娠中の女性が服用すると、流産や胎児の重篤な奇形を引き起こす可能性があります。
これは「リスクがある」というレベルではなく、「絶対に避けなければならない」事項です。
女性への厳重な避妊指導
- 内服期間中(通常最長6か月程度)は、厳重な避妊を行い、絶対に妊娠しないように注意することが求められます。
- 内服終了後も一定期間(一般的に6か月間)は避妊の継続が必要です。
- 授乳中の方も投与できません。
- 内服前の妊娠検査、内服中の定期的な確認が必須です。
男性の避妊は不要
男性の精液中に含まれる薬剤量は影響が出ないほど低いとされており、男性側の避妊は不要とされています。
男女とも献血は厳禁
内服中および内服後一定期間(6か月間)は献血をしてはいけません。
血液を投与された妊婦の胎児に奇形が起こる可能性があるためです。
その他の重要な副作用
❶ 精神疾患のリスク
服用中に、抑うつ、精神病症状、自傷行為、自殺企図などの重大な精神疾患が発現する可能性が報告されています。
うつ病などの精神疾患の既往がある方は、投与の可否を慎重に判断する必要があります。
❷ 皮膚・粘膜の乾燥
ほぼすべての方に、皮膚や粘膜の乾燥症状が現れます。
唇のひび割れ、目や鼻の粘膜刺激感、皮膚の落屑などが代表的です。
また髪の毛が縮れたり抜け毛が増えたりするリスクもあります。
保湿の徹底が必要です。
❸ 筋肉・骨への影響
運動時の筋肉痛や関節痛が起こることがあります。
15歳未満または身長が伸びている途中の方は、骨端線(成長に関わる部分)への影響の可能性から投与できません。
❹ 肝機能・脂質代謝への影響
肝機能の低下や高脂血症が起こることがあります。
定期的な血液検査によるモニタリングが必須です。
肝機能障害や高脂血症がある方は投与できません。
❺ 併用禁忌
- テトラサイクリン系の抗菌薬(ミノサイクリンなど):頭蓋内圧亢進のリスク
- ビタミンAサプリメント:ビタミンA過剰症のリスク
これらとの併用は絶対に避けなければなりません。
当院での対応
当院では、日本の標準治療(保険診療)を適切に行っても改善が得られない最重症例に限り、欧米のガイドラインを参考に、患者さんへの十分な説明と同意のもと、自費診療としてイソトレチノインによる治療を行っています。
まとめ
イソトレチノインは、重症ニキビに対する有効な治療選択肢ですが、その使用には極めて慎重な判断が求められます。
覚えておいていただきたいこと
- 軽症から中等症のニキビには、まず標準治療(外用薬中心)を適切に行うことが原則です。
- イソトレチノインは、標準治療を十分に試しても改善しない重症例に限定される選択肢です。
- 最も重要なのは催奇形性であり、女性では厳重な避妊管理が絶対条件です。
- その他にも、精神疾患、皮膚乾燥、肝機能障害など、注意すべき副作用があります。
- 日本では保険適用外であり、使用できる施設が限られています。
ニキビ治療は、まず適切な標準治療から始めることが基本です。
それでも改善が得られない場合に、専門医と十分に相談したうえで、イソトレチノインを含む次のステップを検討することが望ましいと考えます。
次回は、同じく難治性ニキビに対する選択肢でありながら、日本で適応外使用となるホルモン療法(スピロノラクトン、低用量ピル)について解説します。
(日本皮膚科学会認定皮膚科専門医 服部浩明)