「イソトレチノインを使いたいので、今日から出してください」
「他院でイソトレチノインを処方されていました。今日から同じ薬を続けてください」
最近、このようなご希望で受診される方が増えています。
しかし当院では、他院やオンライン診療での処方歴がある場合も、初診時からイソトレチノインを継続処方することはありません。原則として、まず当院で3か月間、保険診療による標準的なニキビ治療を受けていただきます。その経過を確認し、標準治療を十分に行っても改善しないと医師が判断した場合に限り、イソトレチノインの使用を検討します。この方針に同意いただけない場合には当院でのご相談をお控えください。
また、妊娠する可能性のある女性患者さんには、治療開始前に妊娠検査を行い、妊娠していないことを確認します。治療開始後も定期的に妊娠検査を行います。
今回は、なぜこのような方針をとっているのか、そしてイソトレチノインという薬にどのようなリスクがあるのかについて、あらためてお話しします。
目次
「よく効く薬」ほど、慎重な管理が必要
イソトレチノインは、皮脂腺の働きを強く抑え、毛穴の詰まりや炎症を改善する内服薬です。重症のニキビや、跡が残りやすいニキビに対して高い効果を示し、条件を満たす患者さんにとっては非常に重要な選択肢になり得ます。
ただし、一般的な塗り薬とは違い、体全体に作用する薬である点を理解しておく必要があります。妊娠中に使用した場合の胎児への影響をはじめ、皮膚や粘膜、脂質代謝、肝機能、筋肉や骨にまで作用が及びます。効果が高い分、管理すべき点も多いのです。
日本では未承認の薬であること
まず知っておいていただきたいのは、イソトレチノインは日本でニキビ治療薬として承認された薬ではないという点です。そのため保険診療の対象にはならず、全額自己負担の自由診療となります。また、未承認医薬品による治療であるため、重い副作用が生じた場合でも、原則として医薬品副作用被害救済制度の対象となりません。
当院がまず標準治療(外用薬や短期間の内服抗菌薬など、保険診療の範囲内で行える治療)を一定期間続けていただくのは、こうした制度上の位置づけを踏まえてのことです。標準治療で十分に改善が見込める方に、最初から未承認かつ全身に影響する薬を使う合理性は高くありません。
最も重大なリスクは、妊娠中の胎児への影響
イソトレチノインの副作用の中で、もっとも重大かつ確立しているのが催奇形性です。妊娠中に服用すると、自然流産の増加や、頭や顔、心臓、中枢神経などの重大な先天異常につながる可能性があります。妊娠中の服用は絶対に避けなければなりません。
安全と確認された最低用量というものは存在しません。低用量であっても、妊娠中の使用を安全と判断することはできないのです。
そのため、妊娠する可能性がある方には、服用開始の1か月前から、服用中、そして最終服用後1か月まで、確実な避妊をお願いしています。当院で使用を検討する場合、事前に婦人科で妊娠検査を受けていただけることを条件としているのも、この理由からです。万が一、服用中や終了後1か月以内に妊娠の可能性が生じた場合は、直ちに服用を中止し、速やかにご連絡ください。
また、授乳中も使用できません。服用終了後も1か月間は授乳を避ける必要があります。
なお、男性が通常量を服用した場合、精液中に移行する薬剤量はごくわずかで、パートナーや胎児に催奇形性を生じさせる量ではないと考えられています。そのため男性については、催奇形性を理由とした避妊期間は設けていません。ただし性別を問わず、処方された薬を他人に譲ったり、共有したりすることは絶対にしないでください。
服用中・終了後1か月間は、性別を問わず献血しないでください
意外と知られていませんが、イソトレチノインを服用している方は、男女を問わず服用中および最終服用後1か月間は献血しないでください。献血された血液が妊娠中の方に使われた場合、胎児が薬剤にさらされる可能性を避けるためです。
乾燥だけではない、体への影響
もっとも多くの方に見られるのは、皮膚や粘膜の乾燥です。唇のひび割れ、肌の乾燥や赤み、鼻の乾燥や鼻血、目の乾燥などが代表的で、保湿剤やリップクリーム、点眼薬で対応していただきます。まれに夜間の見えにくさが現れることもあるため、症状がある間は夜間運転などに注意が必要です。
中性脂肪やコレステロール、肝機能の数値に変化が出ることもあるため、治療開始前および治療中に血液検査を行います。多くは軽度で、減量や中止によって改善しますが、まれに、高度の中性脂肪上昇から急性膵炎を起こすことがあります。
また、腰痛や関節痛、筋肉痛といった症状が出ることもあります。多くは軽度で経過とともに改善しますが、強い筋肉痛や著しい筋力低下、褐色の尿、歩行が難しいといった症状が出た場合は、服用を中止してすぐにご相談ください。骨の成長がまだ終了していない若年者では、成長軟骨への影響が懸念されています。また、公的な安全性資料では25歳以下の患者について、骨や関節の症状に注意するよう促されています。
気分の変化にも注意を
イソトレチノインとうつ病や自殺念慮との関係は、長年議論されてきたテーマです。近年の大規模な研究では、服用者全体として自殺や精神疾患のリスクが明確に増加するという結果は示されていません。ニキビそのものが気分の落ち込みや自尊心の低下を招くこともあり、症状の改善によってかえって気持ちが楽になる方もいます。
とはいえ、個々の患者さんに気分の変化が起こり得ることは事実です。強い落ち込みや不安、攻撃性の変化、睡眠や食欲の大きな変化、そして「自分を傷つけたい」「消えてしまいたい」といった考えが浮かんだ場合は、当院への連絡だけでなく、直ちに救急医療機関を受診してください。
このほか、ミノサイクリンやドキシサイクリンなどのテトラサイクリン系抗菌薬との併用では、まれに頭蓋内圧が高くなることがあります。強い頭痛、吐き気、視覚異常が現れた場合には、直ちに服用を中止して受診が必要です。ビタミンAのサプリメントとの併用で副作用が強まる可能性があることなど、確認すべき点は多岐にわたります。
「低用量だから安心」ではありません
低用量であれば、乾燥や筋肉痛などの症状はやや軽くなる可能性があります。しかし、催奇形性をはじめとするリスクそのものがなくなるわけではありません。少量を長く続ける治療では、総投与期間がかえって長くなることもあり、検査や避妊、経過観察を省略してよい理由にはならないのです。
当院での治療の進め方
このような背景から、当院では標準治療を3か月間きちんと行っていただき、それでもなお医師が必要と判断した場合に限り、イソトレチノインの使用を検討しています。使用にあたっては、妊娠可能性の確認、避妊の徹底、血液検査、精神状態や筋骨格症状の確認、併用薬の確認などを継続して行います。
未承認薬であり、全額自己負担で、副作用救済制度の対象にもならない治療だからこそ、必要性とリスクを丁寧に見極めたうえで進めていく必要があります。ニキビでお悩みの方は、まずは標準治療からご相談ください。
(日本皮膚科学会皮膚科専門医 服部浩明)