前回は
AGA(男性型脱毛症)診断で最も大切なのはAGA以外の脱毛症を除外できることだということをお伝えしました。
そのためにはあらゆる脱毛をきたす疾患の知識を持つ皮膚科専門医での正しい診断が大切なのです。
さて、今回は、AGAと正しく診断された場合、どんな治療法が世界的に認められているのか、そして日本ではどんな治療が推奨されているのかについて、医学的なガイドラインをもとに詳しくお話しします。
「ネットで見つけた○○療法は効くの?」「海外では△△が流行っているらしいけど…」
そんな疑問をお持ちの方も多いと思います。
でも、まずは世界中の専門家が認めている「確実な治療法」を知ることから始めてみませんか。
医学における「ガイドライン」とは何か
医療の世界には「ガイドライン」というものがあります。
これは、その分野の専門家たちが世界中の研究結果を集めて分析し、「この治療法は効果がある」「この方法は危険」といった判断をまとめた、いわば治療の教科書のようなものです。
個人の経験談や、一つの研究結果だけでなく、何千人、何万人ものデータをもとに作られているので、信頼性が高いんですね。
今回は、日本、アメリカ、ヨーロッパ、韓国など、世界各国のガイドラインを比較しながら、どの治療法が本当に信頼できるのか見ていきましょう。
世界が認める「ビッグ3」治療法
驚くことに、世界中のガイドラインで「強く推奨」されているのは、実はたった3つだけなんです。
1. フィナステリド内服(男性のみ)
- 日本:強く推奨
- アメリカ:強く推奨(第一選択薬)
- ヨーロッパ:強く推奨
- 韓国:強く推奨
- オーストラリア:強く推奨
フィナステリドは1997年にアメリカFDAで承認されて以来、25年以上の使用実績があります。
AGAの原因である男性ホルモン(DHT)の生成を抑える薬で、世界中どこでも「まず最初に試すべき薬」として位置づけられています。
日本での臨床試験では、1年後に58%、3年後には78%の人で改善が見られました。アメリカの5年間の追跡調査では、90%で進行が止まり、65%で改善が確認されています。
2. デュタステリド内服(男性のみ)
- 日本:強く推奨
- 韓国:強く推奨(2009年に世界初承認)
- アメリカ:推奨(フィナステリド無効例)
- ヨーロッパ:推奨(2020年以降、承認国が増加)
デュタステリドは、フィナステリドより強力にDHTを抑制する薬です。
この薬は韓国が世界に先駆けて承認し、その後日本が2015年に続きました。現在ではヨーロッパ各国でも承認が進んでいます。
917人を対象とした国際共同試験では、デュタステリドの方がフィナステリドより約30%効果が高いという結果が出ています。
3. ミノキシジル外用
- 日本:強く推奨(男性5%、女性2%)
- アメリカ:強く推奨(男性5%、女性2-5%)
- ヨーロッパ:強く推奨
- カナダ:強く推奨
ミノキシジルは、もともと高血圧の薬として開発されましたが、髪を生やす効果が発見されて育毛剤になりました。
1988年の承認以来、世界100カ国以上で使用されています。
血管を拡張して毛根への血流を増やし、毛母細胞を直接刺激することで髪の成長を促進します。
なぜこの3つだけが世界共通なのか
医学の世界では、治療法が「強く推奨」されるためには、以下の条件をすべて満たす必要があります:
- 大規模な臨床試験で効果が証明されている(数千人規模のデータ)
- 複数の国で同じ結果が再現されている
- 10年以上の長期安全性データがある
- 副作用のリスクが明確で管理可能
この3つの治療法は、これらすべての条件をクリアしているんです。
その他の治療法の世界的評価
低出力レーザー治療(LLLT)
- 日本:推奨
- アメリカ:推奨(FDAが医療機器として承認)
- ヨーロッパ:一部の国で推奨
- 韓国:推奨
レーザー治療は、補助療法として世界的にもある程度認められ、日本のガイドラインでは推奨されています。ただし、効果は穏やかで、単独使用より併用が推奨されています。(当院では行っていません)
自毛植毛術
- 日本:推奨(男性)、条件付き推奨(女性)
- アメリカ:強く推奨(適切な候補者)
- ヨーロッパ:推奨
- ブラジル:強く推奨
植毛は特にアメリカやブラジルで高く評価されています。ただし「薬物療法が無効な場合」という条件付きが多いです。完全に抜けてしまって全く生えてこなくなったら考えるとよいでしょう(当院では行っていません)。
ケトコナゾールシャンプー
- 日本:条件付き推奨
- アメリカ:補助療法として推奨
- ヨーロッパ:一部の国で推奨
- インド:推奨
抗真菌薬のシャンプーですが、弱い育毛効果があります。特に脂漏性皮膚炎を合併している場合に有効です。
皮脂分泌が乱れて表皮に炎症が起きていると、頭髪にも悪影響があります。当院では多くの人に脂漏性皮膚炎の合併を認めています。
アデノシン外用
- 日本:条件付き推奨
- アメリカ:エビデンス不十分
- ヨーロッパ:一部で使用
- 韓国:条件付き推奨
日本で開発された成分で、日本と韓国では化粧品として販売されています。効果はあまり高くないのが実情です。ミノキシジル外用剤が使える人はその方が良いでしょう。
世界的に推奨されていない治療法
ミノキシジル内服(飲み薬)
- 日本:行うべきでない
- アメリカ:FDA未承認、推奨なし
- ヨーロッパ:AGA治療薬として未承認
- 韓国:行うべきでない
現時点ではミノキシジルの内服は、世界中どこのガイドラインでもAGA治療薬として推奨されていません。
治療効果に対する副作用のリスクが高いのが理由です。ただし、低用量内服についての調査研究が行われていますので将来的には評価が変わる可能性があります。
アメリカFDAは「重篤な心血管系副作用のリスクがあり、AGA治療には承認しない」と明言しています。心臓への負担、むくみ、不整脈などのリスクがあるためです。
その他の各種“先端治療”
- PRP(多血小板血漿)療法
- 幹細胞治療
- HARG療法
- 各種サプリメント
「最新治療」として宣伝されることが多いこれらの治療法ですが、現段階では「効果があった例もある」というレベルです。
一定以上の人数の人に試して、効果がなかった例と効果があった例をきちんと比べて、「確かに効果がありますね」と証明できるような研究データが足りないのですね。
「データは不確かでも新しい治療法にかけてみたい!」という場合には安全性に気をつけたうえで受けるようにしましょう。
まとめ:世界標準の治療から始めよう
世界中のガイドラインを比較してわかったこと:
1. 確実に効果がある治療は3つ
- フィナステリド/デュタステリド内服(男性)
- ミノキシジル外用
これが世界共通の「ゴールドスタンダード」
2. 補助療法として認められているもの
- 低出力レーザー
- 自毛植毛(薬が効かない場合)
- ケトコナゾールシャンプー
3. 世界的に推奨されていないもの
4. 基本は世界共通
安全性と効果が長期的に証明された治療法を優先して受ける。
新しい治療は効果が証明されていないことを知ったうえで受けるかどうか決めるという姿勢が大切です。
当院では、日本と世界のガイドラインに基づいた標準治療を提供しています。
まずは世界が認める確実な治療から始めて、効果を見ながら次のステップを考える。これが最も合理的なアプローチです。
確かな医学的根拠に基づいて、髪の悩みに向き合っていきましょう。
日本皮膚科学会皮膚科専門医 服部浩明