「もし目の前で子どもがぐったりしたら、自分は何ができるだろう」
「エピペンを持たせているけど、いざという時に本当に使えるだろうか」
特にお子さんに食物アレルギーがある方から、こうした不安の声をよく聞きます。
前回はアナフィラキシーがどんな反応で、何が原因で起きるのかをお話ししました。
今回は、実際にアナフィラキシーが起きたとき──あるいは起きたかもしれないとき──に「何をすべきか」と「何をしてはいけないか」についてお話しします。
目次
唯一の「命を救う薬」はアドレナリン
アナフィラキシーの治療でまず知っておいていただきたいのは、アドレナリンだけが命を救える薬であるということです。
アナフィラキシーが起きると、全身の血管が一気に広がって血圧が下がり、気管支が狭くなって呼吸が苦しくなります。
アドレナリンはこの両方に同時に効きます。
広がった血管を収縮させて血圧を上げ、狭くなった気管支を広げて呼吸を楽にする── つまりアナフィラキシーの病態そのものに直接対抗できる唯一の薬です。
ここで大切なのは、抗ヒスタミン薬やステロイドはアドレナリンの代わりにはならないということです。
アレルギーのお薬(抗ヒスタミン薬)が抑えられるのは皮膚のかゆみや赤み程度です。呼吸困難や血圧低下といった、命に関わる症状を止める力はありません。
ステロイドも同じです。効果が出るまでに時間がかかるため、目の前で急速に進行しているアナフィラキシーの「今の症状」を止めることはできません。
アナフィラキシーは一秒を争う危険な状態なので、効果が出るまでに時間がかかる薬では意味がないのです。
アナフィラキシーではアドレナリンの投与だけが効果があることを頭においておきましょう。
エピペンの仕組みと「なぜ太ももに打つのか」
アナフィラキシーの緊急時に一般の方が使えるアドレナリン製剤として最も使われてきた薬が「エピペン」です。
エピペンは、あらかじめ決まった量のアドレナリンが入ったペン型の注射器で、太ももの外側の筋肉に押し当てて注射します。衣服の上からでも使えるように設計されています。
太ももの前外側は筋肉が厚く、注射したアドレナリンが速やかに血液中に吸収されます。
また、お尻や腕の皮下に打つよりも血中濃度の立ち上がりが早い、かつ静脈に直接注射するよりも心臓への負担が少ないため、効果のスピードと安全性のバランスが最も良い場所なのです。
エピペンが処方されている方は、主治医から使用のタイミングについて説明を受けているはずです。
大切なのは、「迷ったら打つ」という判断ができるかどうかです。
アドレナリンは早く使うほど効果が高く、遅れるほどリスクが上がります。
エピペンは日頃から予行演習をしておかないといざという時に迷わず使うことは難しい製剤です。
日頃から本人や周りの人はいざというときの予行演習をしておきましょう。
エピペンの使用について詳しくはこちらの外部サイトを御覧ください。
絶対にやってはいけないこと ─「立たせる」「歩かせる」
アナフィラキシーが疑われたとき、絶対にやってはいけないことがあります。
それは、患者さんを急に立たせたり、歩かせたりすることです。
アナフィラキシーでは全身の血管が広がり、血圧が下がっています。
この状態で急に体を起こすと、心臓に戻る血液の量が一気に減り、心臓が「空打ち」のような状態になります。
これは医学的に非常に危険な状況で、心停止につながることがあります。
症状が起きたら、まずその場に横になってもらいましょう。
足を少し高くすると、血液が心臓に戻りやすくなります。
ただし、吐いている場合は横向きにして吐いたものがのどに詰まらないようにします。
息が苦しくて横になれない場合は、無理に寝かせず座った姿勢をとらせてください。
いずれにしても、「大丈夫そうだから歩いてトイレに行こう」とか「座っていられるから立たせよう」は厳禁です。
見た目が落ち着いても、体の中では血圧が不安定な状態が続いています。
おさまったと思っても油断できない ─「二相性反応」
アナフィラキシーにはもうひとつ、知っておくべき特徴があります。
適切な治療で症状がおさまった後、数時間以内(ほとんどは6~12時間)に再び症状がぶり返すことがあるのです。これを「二相性反応」と呼びます。
発生率は数%程度とされていますが、最初の反応が重かった方ほど起きやすい傾向があります。
「もう大丈夫だ」と思って帰宅した後にふたたび症状が悪化する── このパターンが二相性反応の怖さです。
だからこそ、アナフィラキシーの治療後は医療機関で少なくとも数時間は経過を観察する必要があります。
帰宅後も、その日のうちは一人にならないようにし、異変を感じたらすぐに救急に連絡できる体制を整えておくことが大切です。
エピペンの問題点
エピペンはアナフィラキシーから命を守る非常に優れたデバイスです。
しかし、長年使われてきた中で、いくつかの課題も明らかになっています。
最大の問題は「針を指すのが怖い」ことです。
緊急時に自分や子どもの太ももに針を刺すのは、想像以上に強い心理的抵抗があります。
「症状がもう少しひどくなるまで様子を見よう」
「本当にアナフィラキシーかわからないから、もう少し待とう」
針を刺すことへのためらいが、結果として投与のタイミングを遅らせてしまうことが少なくありません。
もうひとつの課題は携帯のしにくさです。
エピペンは注射器としてある程度の大きさがあるため、日常的に持ち歩くには少しかさばります。
特に思春期のお子さんの場合、周囲の目を気にして持ち歩かなくなってしまうことがあります。
しかし、アナフィラキシーは「その場に薬があるかどうか」で結果が変わります。家に置いたままのエピペンは、いざという時に役に立ちません。
点鼻薬が新登場!
2026年に、この壁を取り払う新しい薬が日本で使えるようになりました。
針を使わず、鼻にスプレーするだけでアドレナリンを投与できる製剤です。
次回はこの新しい選択肢「ネフィー点鼻液」について詳しくお話しします。
日本皮膚科学会皮膚科専門医 服部浩明